Column
コラム
脚 大腿骨頭壊死症
はじめに
「大腿骨頭壊死症」という病名は、一見すると「骨が腐ってしまう」ような恐ろしい響きがありますが実際には少し異なります。これは太ももの骨(大腿骨)の先端にある股関節の「ボール」部分(骨頭)へ通う血液が途絶え骨の細胞が死んでしまう(壊死する)病気です。
骨は生きた組織であり常に古い骨を壊し新しい骨を作る「代謝」を繰り返しています。血流が止まるとこの代謝が止まり骨がスカスカの軽石のような状態になります。この状態そのものは痛みを感じませんが脆くなった骨が体重を支えきれずに「潰れた(陥没した)」瞬間に激しい痛みが生じるのがこの病気の最大の特徴です。
1.原因
大腿骨頭は周囲を軟骨で覆われており、限られた細い血管だけで栄養されているため血流障害が起こりやすい非常にデリケートな部位です。以下のタイプが主な原因とされています。
1-1. ステロイド投与(特発性)
膠原病、免疫疾患(SLEなど)、腎疾患、あるいは血液疾患の治療において副腎皮質ステロイド薬を大量、あるいは長期間使用した経験がある方に発症しやすいことが分かっています。ステロイドが脂質代謝に影響を与え微細な血管を詰まらせたり、骨細胞を直接傷つけたりする説が有力です。ただしステロイドを使用した全員が発症するわけではなく、体質的な要因も関係していると考えられています。
1-2. アルコール摂取(特発性)
毎日一定量(日本酒換算で2合〜3合以上)のお酒を長年飲み続けている男性に多く見られます。アルコールが血液中の脂質バランスを崩してドロドロにしたり、脂肪塞栓(しぼうそくせん)を引き起こしたりすることで骨頭内の血流を阻害すると推測されています。
1-3. 外傷性(二次性)
不慮の事故による「大腿骨頚部骨折」や「股関節脱臼」によって骨頭に栄養を送る主要な血管が物理的に断裂してしまった場合に起こります。これは「二次性大腿骨頭壊死」と呼ばれ怪我から数年後に発症することもあります。
1-4. 原因不明(広義の特発性)
上記のいずれにも当てはまらないケースも存在します。日本では厚生労働省により「指定難病」に指定されており一定の基準を満たせば医療費の助成制度を受けることが可能です。
2. 症状の進行と「痛みのタイムラグ」
この病気の厄介な点は「壊死が起こった瞬間」と「痛みが出る瞬間」に大きな時間差があることです。
- 無症状期(サイレント・ピリオド): 血流が止まり、骨が死んだ直後は痛みを感じません。 この時期はレントゲンを撮っても「異常なし」とされることが多々あります。
- 発症期(陥没の開始): 壊死した骨の強度が限界を迎えミシミシと潰れ始めると突然「足の付け根(鼠径部)」に鋭い痛みが走ります。
- 痛みの特徴: 階段の上り下りや椅子から立ち上がる動作で特に強く感じます。股関節だけでなく膝(ひざ)やお尻、腰の痛みとして現れることもあり腰椎椎間板ヘルニアと間違われて治療が遅れるケースも少なくありません。
3. 診断の決め手は「MRI」
レントゲンで変化が出るのは骨がある程度潰れてからです。早期発見にはMRI検査が不可欠です。
- MRI: 骨の中の水分量や脂質の変化を「画像の変化」として捉えることができます。レントゲンに写らない初期段階でも、壊死の範囲を正確に特定できます。
- 骨シンチグラフィ: 放射性医薬品を用いて骨の代謝活動を可視化し血流が悪い場所を特定します。
医師はこれらの画像を基に壊死の「範囲(Type)」と「潰れ具合(Stage)」を診断します。壊死の範囲が狭く、体重があまりかからない場所であれば、一生痛みが出ないまま過ごせる(壊死はあるが発症はしない)こともあります。
4. 進行度(ステージ分類)の詳細
治療方針を決定する上で日本整形外科学会による以下のステージ分類が重要視されます。
Stage 1
- 状態:レントゲンではまだ異常なし、MRIで壊死を確認
- 治療の方向性:経過観察が基本。ただし、必要に応じて壊死の進行を防ぐ予防的手術も検討
Stage 2
- 状態:レントゲンで壊死の帯状影が見えるが、骨頭の形はほぼ正常
- 治療の方向性:関節を温存する手術(骨を守る手術)の検討
Stage 3
- 状態:骨頭が潰れ始めている。3A(陥没2mm未満)と3B(2mm以上)。
- 治療の方向性:手術(温存または人工関節)
Stage 4
- 状態:骨頭の変形が激しく、関節の隙間が狭くなっている(軟骨がすり減っている)
- 治療の方向性:人工股関節置換術が標準
5. 最適な治療法の選択:自分の骨を残すか、入れ替えるか
治療の最終目的は「痛みを取り除き、歩行機能を維持・回復させること」です。
1-1.保存療法(手術をしない)
壊死の範囲が狭く、骨が潰れるリスクが低い、あるいは既に潰れていても痛みがコントロールできている場合に選択されます。
- 免荷(めんか): 杖(ロフストランドクラッチ等)を使って、股関節への体重負荷を減らします。
- 薬物療法: 痛み止めに加え、骨粗鬆症の薬(ビスホスホネート製剤)が骨の陥没を抑制する目的で使われることもありますが、あくまで補助的な役割です。
1-2. 関節温存手術(自分の骨を生かす)
比較的若年(10代〜50代)で、壊死していない健康な骨が一定以上残っている場合に選ばれます。
- 大腿骨回転骨切り術: 骨を一度切り離し、壊死した部分を体重のかからない位置へ「回転」させて、 健康な骨の面で体重を支えるように再固定します。
- メリット: 自分の骨なので耐久性が高く、激しいスポーツや肉体労働への復帰も目指せます。
- デメリット: 入院期間が長く、完全に骨がくっつくまで数ヶ月を要するため、リハビリに忍耐が必要です。
1-3. 人工股関節置換術(THA)
壊死範囲が広い、60歳以上、あるいは既に軟骨の破壊(変形性股関節症)が進んでいる場合に最も推奨されます。
- 内容: 壊死した骨頭を取り除き、金属やセラミック製の人工関節に置き換えます。
- メリット: 手術直後から劇的に痛みが取れ、翌日から歩行練習を開始できるほど回復が早いです。
- 将来性: 近年の人工関節は素材の改良により、30年以上の耐久性が期待できるようになっています。
6. 日常生活のアドバイス
診断を受けたからといって、すぐに歩けなくなるわけではありません。
- 過度な荷重を避ける: 急なダッシュや重い荷物を持つことは、骨の陥没を早める可能性があります。
- 適切な運動: 股関節を支える「中殿筋」などの筋トレは重要ですが、痛みがあるときは無理をせず、水中ウォーキングなどが推奨されます。
現在は再生医療(自己細胞の移植)などの研究も進んでおり将来的にはさらに低侵襲な治療法が確立されることが期待されています。

